ストレスフリーを目指すブログ

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人との出会いがキャリアに影響する話

夫が契約している会社でダメダメ社員がいなくなり新人を2名採用したようです。まずは退職したダメダメ社員の面白い話から。勤務最後の日、制服の返却は後日でいいから…、と言う上司に対し、「昨日洗濯しましたから」とその場で脱いで返したらしいです。彼が辞めることになった経緯は別記事で

u-tantantan.hatenablog.com

え?一日着用した制服(上着)をその場で脱いで返却?あり得ません。昨日洗濯したとしても、ですよ。今日一日着ているでしょ。それに”洗濯”ではなく、クリーニングのたたみ仕上げで返却することが一般常識だと思います。その場で脱いで返されて、それを良しとして受け取ったとしたら会社にも驚きです。

私だったら「洗濯じゃなくて、クリーニングのたたみ仕上げで後日返却してください」ってハッキリ突き返すだろうな…。夫から聞くところによると、彼はキツイ体臭があって、それもゲロのようなニオイらしいので尚更です。

最後の日なのに、特に挨拶もなく普通に帰っていったそうです。社交辞令でも"本日で退社します。今までお世話になりました。”くらい言えないのかしら…、やっぱりちょっと非常識でオカシイ感じの人だったのでしょう。色々問題はあったにせよ、一年間勤務したのだから、何かしらの挨拶があると思いきや、気づいたらすでに彼の車はなく、「あいつ、帰った?」としばらく社内がざわついていたそうです。そりゃ、挨拶もなく消えたら困惑するよな…。

辞めていく人に何言っても馬鹿馬鹿しいし時間の無駄。辞めてもらって正解だったのではないでしょうか。30才半ばで定職にも付けず、まともなキャリアを築けない人の未来は暗いのかな、と思われます。気の毒ですが何やらせてもダメな人は存在するのです。

私がブラック企業を半年で辞めた時ですら、一応人数分行き渡る分の菓子折りを用意して、他支店の事務方にも挨拶メールを送りましたし、その場にいた人にちゃんとご挨拶して帰りましたよ。夜勤で会わなかった最悪な同僚にも引継ぎメモを残しましたし。ブラック企業で働いた半年間の経歴は完全削除です。職務経歴書には絶対書きません。私が経験した消し去りたい過去の話は別記事で

u-tantantan.hatenablog.com

彼の退職が決まり、新たに2名採用したようですが、1名は入社前に辞退したそうで、彼と入れ替わるように1人の新人さんが入ってきたそうです。27歳だそうです。退職した彼と違いコミュニケーションはとれるみたいです。その彼には営業と配送を兼務させながら同時進行で仕事を教えていく様子で、配送では夫の軽貨物自動車の助手席に乗って研修することになったそうです。

彼に懲りたのか、試雇期間である程度使い物になるか判断するためにも、一つの業務に固執することなく、色々試しにやらせてみることにしたのだと考えられます。仕事を覚えるよりまずはその人の人間性、常識人であるか?を見抜くこと。教訓にしないとまた同じことの繰り返しになります。

1日助手席に乗せて彼と話をした夫が私に言います。「新人君27歳なのに、パソコンが苦手なんだって。10年前にはパソコン普及してたよね…、高校の授業とかで使ってなかったのかね?」と不思議そうです。

私たちの世代(X世代)ではまだパソコンは普及していなくてワープロが一般的でした。専門学校ではキーボードのタイピングがメインで、私はそこでタイピング技能検定を受けました。パソコン教育は受けていませんが私はパソコンが得意です。今時の若い子は全員パソコンを扱えると思いきや、そうではないらしいことが分かりました。

今27歳、ということは10年前の高校生時代にはすでにスマホが普及していた、ということ。それは何を意味するか?パソコンよりスマホが主流になっていたからパソコンが苦手、そういうことなのかも知れません。

スマホネイティブだから、パソコンは苦手。スマホで用が足りるからパソコンが不要だった世代が社会人になったパターン。私は社会人になってからパソコンが普及し仕事として必要に迫られてワードやエクセルなどのオフィスツールを習得していった感じ。その違いなのだと思います。

自分のお給料でパソコンが購入できる時代に、一般家庭でのパソコン普及が始まり、ダイヤルアップ接続の時代からインターネットに慣れ親しんでデジタルの進化とともに過ごせたことは幸運なことだったのかも知れません。

結婚当初は夫と私それぞれ独身時代に使っていたデスクトップ型パソコンを一台づつ所有しており、アパート暮らしの時は光終端装置からランケーブルを有線でハブを挟み部屋から部屋へ繋いでいました。

家を新築し無線ルーターでWi-Fiにしたのが2009年のことです。サービス品として提供されたバッファローの無線親機と子機。私のパソコンと親機を有線で繋ぎ、夫のパソコンに子機を付けて無線状態でインターネットができた時の新鮮な驚きは今でも鮮明に覚えています。今は殆どのデバイスで無線内蔵が当たり前の時代になりました。ボタンを押すだけ簡単接続、難しい設定もなし、便利になりました。

私の初めてスマホデビューは、2013年ちょうど10年前でした。スマホを使うようになってからというもの、パソコンを開く頻度は極端に減っていきました。その2年後、夫もスマホデビューを飾り、夫のパソコンはもはやオブジェと化しています。

私が初めてパソコンを買ったのは20代中頃だったと記憶しています。インターネットが出始めたころです。富士通のノートパソコン、VAIOデスクトップパソコン、VAIOノート、今は亡き兄が使っていたASUSノートを譲り受け4台目です。

すべて突然の故障です。寿命を迎えて仕方なく購入しています。このパソコンも7年目に突入するので、フリーズ頻度が日に日に増していて限界が近そうです。いつ壊れても不思議ではありません。

私が突然の故障に備えパソコン事情を調べていると夫が、スマホがあるからパソコン要らなくない?と言いますがそれは違います。パソコンは絶対必要です。パソコンとスマホ、どっちか諦めろ、というならスマホをやめてガラケーに戻します。それくらいスマホ要りません。

社会人として働きに出た時絶対必要なものはスマホではありません。パソコンが扱えるか、ということです。パソコンを使わない職種を探す方が困難です。自力で習得するのも難しいです。私のパソコンスキルは同僚に鍛えられました。

旅行会社としては3社目でしたけど、それまでは専用端末(国際航空券予約端末INFINI)で航空会社の予約と航空券の発券しかできなかった私ですが、その会社に入り業務の幅が広がったことでパソコンスキルを習得していった感じです。

各支店や営業所の売り上げ報告や会議資料の作成、旅行企画や旅行代金の試算、募集パンフレットの造成まで業務内容は幅広く、後にシステム開発部署へ移動することになるその同僚からの指導は私にとってスキルアップになりその後の転職にも役立ちました。

彼の指導がなければ、私のパソコンスキルは皆無でした。彼に教わったエクセル関数やグラフ作成はかなり役立っています。当時はマクロとかも使いこなしていましたが、やらなくなると忘れてしまいます。プレゼンに必要な資料を作るパワーポイントを使ったことがないので、アニメーションを求められると弱いですが、ワード・エクセルに関しては若い者には負けない自信はあります。

社会人になってどんなスキルを持った優秀な先輩や同僚と出会うか、どんな上司に恵まれるか、業務内容や職場環境によってもかなりその後のキャリア展開は変わってくると思います。私の場合はパソコンとシステムおたくの彼と出会えたことが幸運でした。パソコン教室に通うくらいの有料級のパソコン知識をくれた彼に感謝です。年賀状も書かなくなり何年も会っていませんが元気かな…。懐かしいです。

お読みいただきありがとうございました。