ストレスフリーを目指すブログ

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夢と現実の区別がつかない話

父が夢と現実の間で戸惑っています。起床していきなり着替えはじめ、母に”電話してその後どうなったか確認してくれ”、と意味不明なことを言いながら外出しようとしていたらしいのです。

母はいきなりのことで何のことか理解できず、”どこへ電話するの?どこへ行くつもり?”と慌てて聞くと、どうやら役所でトラブルが発生したらしく、責任者の自分が指示を出したが、その後の経過がどうなっているか状況を聞いて欲しい、自分は早速現場は出向くからそのことを委員会へ連絡して欲しいと言うのです。

「もう退職して20年だよ、そんな責任のある立場とかもう違うから…」父は夢で見たことと現実の区別がついていないようです。混乱した母ですが、出かけようとする父を何とか制止させ、急いで姉に電話をしたそうです。

母から事情を聞いた姉が父と電話口で話して、父はしぶしぶ納得したようです。「二人(母と姉)の見解は”私は行く必要なない”、ということで一致しているのですね」とにかく役所でトラブルが発生していて自分が現場で一番偉い立場だから自分が行かないとダメだ、と使命感に燃えている父に”行く必要がない”ことを丁寧に説明し、その場は収まったそうです。

姉との電話を終えた後も、しばらくは、”僕が行かなくて本当に大丈夫なのか、ちゃんとあなた確認してくださいね”、というようなことを言い続けていたそうです。ボケている父を興奮させてはいけないので母は話を合わせて落ち着かせたそうです。

そんな事件があった夜、姉からその出来事を聞きました。姉が出した結論は、胡蝶の夢だった、ということ。父は夢で見たことを現実に起こったことだと勘違いしてしまったのだろう。体は起きて普通に会話していたけど、意識はなくて夢の中だったのだろう、多分今日起こったことも記憶としては残っていないかも知れない。

医師の姉曰く、ここ数日、食べ過ぎが原因の下痢が続いていて、下痢止めの薬を飲み続けていたようなので、その薬の副作用的な影響もあるかも、とのことでした。今度行ったときに様子を見てきて、と姉に言われてその夜は不安でもんもんと眠ることができませんでした。

そして、父に会いに行った時のこと。滾々と寝ています。いつ覗いても寝ています。このまま死んでしまうのではないか、と不安になるほどです。声をかけても反応はありません。午後3時になり、今日は話せないか…、と諦めて帰ろうとしたところ母の声が聞こえました「お父さん起きたよ!」

「おと~さ~ん、おはよう、何時かわかる?もう3時過ぎたよ、お腹大丈夫?ずっと寝てたね、具合悪くない?」姉から父を混乱させないためにも”胡蝶の夢”の話は触れないように、知らない体で普段通り接するようお達しがあったので、いつもと同じ感じで話しかけました。すると父はいつもと変わらない様子で「ああ、来てたの?いつ来たの?よく寝たからお腹すいたね~、何か食べるものある?」とニコニコしています。

まったく普段通りの父で安心しました。その後トラブルがどうなったか?とかいう話もしないので、役所へ行こうとしていたことすら覚えていないのだと思います。覚えていない記憶を掘り返すのは本人を混乱させるだけ。あとは母に任せることにして私は帰宅しました。

その後、父が普通に戻った時に、母が”役所へ行く事件”の説明をすると、父はそれをちゃんと理解した様子だったそうです。やっぱり役所へ行こうとしたことは覚えていないようです。過去にも薬の副作用で記憶が曖昧になったり、無意識にお風呂に入ったり、食後なのに食べたことを忘れすぐ食事をしようとしたことがあったので、なんとなく自分でも違和感を感じていたのだと思います。

薬の副作用もあると思うし、真夜中に下痢をしたりストレスで睡眠不足が続いた影響もあるのかな?と思います。自分がやったことを覚えていないとしても、母の言うことを素直に聞き入れた、ということは父が”自分はボケている”ことを自覚して受け入れた、ということ、ボケを受け入れる、ということは”ボケていない証拠”だと私は考えます。

今回の父の”胡蝶の夢事件”で感じたこと。ストレスが及ぼす睡眠への影響と睡眠不足が及ぼす影響、良質な睡眠がいかに大切か、ということです。”父がおかしくなった、ボケた”という話を聞いただけで不安で眠れなくなる、私が眠れない、こんなこと滅多にないことです。

父はボケてはいないと私は思います。睡眠不足と薬の副作用による、夢と現実の区別がつかなくなった一時的混濁症状。多少年齢的認知機能の衰えはあるとしても、家族のことをちゃんと認識しているし、会話も普通にできます。

父の一時的記憶喪失は以前に経験済みですから、もう慣れたつもりでしたけど、やっぱり無自覚ながらストレスになっているのだな、と我ながら久しぶりに”眠れない夜”をもんもんと過ごして感じました。あれは去年のゴールデンウィーク後の出来事だったでしょうか、父が記憶をなくした話は別記事で。

u-tantantan.hatenablog.com

ブログは過去の出来事や記憶を辿るのに役に立ちます。ブログを読み返してみました。覚えていない、思い出せないことは怖い。父は介護認定も認知症検査も頑として受けたくないと拒否しています。認定を受ければ色々な支援も受けられるのでしょうけど、本人が頑なに嫌がるので仕方ありません。母の負担は増えるばかりですが、近くにいる私がなんとか支えていかないと、という気持ちです。

前回は”あったこと”が忘れられて”なかったこと”になりましたが、今回は”ないこと(夢)”が”あったこと(現実)”と認識してしまう逆パターン。本格的にボケてしまったらどうしよう、という不安は残りますが、その時はその時にまた家族で考えよう。

姉夫婦も兄夫婦もいるので安心です。私たちが老後を迎えた時、子供がいないのでどうなるか、考えると怖いです。姉弟で助け合おう、私の家族関係は良好でみんな仲良しなのでその点は安心です。

姉夫婦、兄夫婦、私たち夫婦、3組とも”子供がいない”というのも不思議な感じです。亡くなったもう一人の兄は独身でしたし、母は4人の子供を産みながら孫の顔を見ることはできません。今思うと、”早く孫の顔が見たい、孫はまだか”、みたいなことを言われてことは過去一度もなかったです。

任意後見契約、認知症になる前にやらないと…。あと20年は大丈夫かな…。20年後はどんな世界になっているのでしょうか…。

これからは老いとの闘いです。ブログを書くことはボケ防止にもなるのかな。健康に気を付けて適度な運動。楽しい老後を迎えるための今は準備期間だと思って頑張ろう。リアルな夢を見ることは私にもあります。夫に逃げられる夢、とか…。正夢にならないようにしないと…。悪夢だ…、もしかして今も夢だったりして…。夢なら覚めないでと願うばかりです。

お読みいただきありがとうございました。