ストレスフリーを目指すブログ

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お盆休みに兄が帰省して宿泊した話

お盆休みが終わりました。お盆休みは6日間でしたが、最初の3日間は夫にとってストレスの溜まる3日間になったようです。私の兄が3泊したのです。

家に来客があっても宿泊は初めて。それも義理の兄となれば緊張するのも頷けます。兄が泊りに来ることについて、断られても仕方ないなと思いながら聞いたら意外とあっさり受け入れてくれたので拍子抜けした感じです。

研究職の兄と接点がなく何を話していいか分からないと夫は心配していましたが、当の兄は夫の心配をよそにペラペラと喋ります。主には自分の研究室のことや研究員の給料についての愚痴でした。政府の賃上げ要請に研究職もかなり影響が出ているようです。

そんなこんなでストレス性の蕁麻疹に悩まされているそうで薬を飲んでいましたが、滞在中は蕁麻疹も治まっていたようで「ここ3日間調子いい」と言っていました。

少しはリラックスしてもらえたのかな?数日でもストレスから解放されたなら嬉しいです。過去には顔面麻痺になったり結構ストレスを抱えているようです。

とりあえず、兄の目下の悩みは研究費用の確保と研究員へのお給料捻出らしいです。プロジェクトリーダーにもなると、研究というより資金集めが仕事になるようです。

現在稼働中のプロジェクトでも数名の研究員を使っているらしく、強制的なベアで資金繰りに四苦八苦しているようで色々やり取りをしていたようです。助成金が下りるというメールが来ていたようで安堵していました。

研究員を雇う身としては、やはりちゃんと論文書いて研究成果をだしている人に多くお給料をあげたいと思うのは当たり前。それが一斉に賃上げしろという政府の横暴。これでは研究をサボって適当にダラダラやる研究員が出てきてしまうと懸念していました。

国立大学の若手研究員が期間雇用でプロジェクト終了とともに契約が終わる派遣切りみたいな雇用形態についても、兄は”国立大学だったら給料は税金から支払われる、厳しくて当たり前”というスタンスのようです。どこもシビアな世界ですね。結果を出せば報われる世界、実力主義とも言えますね。

兄が滞在した3日間は猛暑でリビングに一台しかないエアコンを終日つけっぱなしにしていました。兄は端末一つでどこでも仕事が出来るノマドワーカーのようで、Wi-Fi環境が整ってるのでウェブ会議も快適だと喜んでいました。

独りごとを言ってるのか?と思ったらウェブ会議中。会話は全部英語。予定外のプレゼンがあったようで、1時間以上も会議していました。ニューヨークに住んでいた時期もあったので英語はペラペラです。日本帰国に向けてのジョブミーティングに参加するために予約していた飛行機の3日前に起った9.11同時多発テロ。母親が半狂乱になったことを思い出します。

あれから21年、あっという間です。そう言えば今年結婚25周年の銀婚式だと言っていました。四人姉弟で最初に結婚した兄。結婚当初まだ稼ぎの無い学生研究員の立場だったので父親が結婚に大反対。”稼ぎが無いのに結婚などダメだ、結婚は稼ぐようになるまで待て”という父親からしたらもっともの主張です。

それに異を唱えたのが母親です。何故なら兄がかなり義姉に惚れ込んで猛アタックしたことを知っていたし、何より義姉が結婚を強く望んでいたのでそれに答えた兄を全面バックアップしたのです。今まで母が父に口答えや歯向かうことはなかったと記憶しているので、兄の結婚が両親にとって初めての対立、意見の相違とも言えるでしょう。

今となっては毎日のように喧嘩していますが、私が子供の頃は両親が喧嘩したり言い争いをしている場面を見たことがありませんでした。と、いうより父が家に居ることは滅多になかったから当然と言えば当然ですけど。

兄の結婚については「彼女の気が変わらないうちに結婚したほうがいい」という母の主張が通り無事に結婚に至ったわけですが、やはり金銭面での不安は多かったと思います。そんな中で母親が全面的に結婚を支持したことは兄にとって救いだったと思います。誰か一人でも味方になってくれる人がいる、それは大切な事です。

4人も産んだのに孫に恵まれない両親。姉夫婦、兄夫婦、私たち、どこにもコウノトリはやってきませんでした。「孫はまだか?」というようなプレッシャーもなく、兄の代で我が実家は途絶えます。それに備えて父は墓じまいしました。

今回も兄が帰省することについて何年かぶりに会うので嬉しいかと思いきや”別に会っても会わなくても”的なビミョーな対応。お墓を継ぐ、とか、家を継ぐ、とか、そういう事に執着はなく、極めて冷めている両親かも知れません。

色々なしがらみがないのは昔から。父の実家が北関東でお彼岸には必ず行っていましたが、それが墓参りだったというのは大人になってから分かったことです。子供の頃は祖父がお好み焼き屋をしていたので、”じいちゃんのお好み焼きを食べに行く”それだけが楽しみでした。

じいちゃんのお店は貧乏学生の溜まり場になっていてメニューの”おやき”は100円という安さ。今思えば飲食店登録とかしていたのか?それすら微妙な掘っ立て小屋で鉄板はじいちゃんの手作りでした。具材は乾燥小エビとか乾燥イカとか魚肉ソーセージ、紅ショウガなどでした。卵は+50円だったような記憶があります。

大人になってから行った店で食べたお好み焼きが、じいちゃんの”それ”とまったく違うものだったのでカルチャーショックを受けました。”こんなの、お好み焼きじゃない!”と思ったけど、じいちゃんの”ソレ”が別物だったことに気付かされた瞬間でした。じいちゃんの”おやき”懐かしく思い出します。

暑くて大変なお盆でしたけど楽しい時間を過ごせました。神社巡りが趣味の兄のたっての希望で、地元の小さな神社巡りをしたり懐かしい思い出話に花を咲かせたり近況報告をしあったり充実したお盆休暇になりました。

神様の話を色々教えてもらいましたがさっぱりです。この神社の御祭神は…、聞いてもチンプンカンプン。伊邪那岐神伊邪那美神天照大神とか興味はあるのです。神話って面白いです。日本の神様について少し勉強してみようかな。

ギリシャ神話とかそっち系も面白そうです。イルミナティ秘密結社とかディープステートとか、そっち系も興味あります。

陰謀論、結構興味深いです。結局は金や力がある人に操られている傀儡がいかに多いか、表面に出てこない闇の力、ってやつです。ウクライナの内戦もネオコン陰謀説を囁く人多くいます。

最近では世田谷一家殺人事件の犯人は判明しているけど大物すぎて触れられない案件とか、”とある学会”の亡名誉会長は、元々”とある教会”の信者だったから結局”とある学会”と”とある教会”は一心同体とか。ホンマでっか的な噂で溢れています。

何が真実かは分かりませんが。戦争が続いている事実は変わりません。普通に幸せに暮らしたいだけなのに。望むことは”平穏な暮らし”ただそれだけです。

そう言えば【鎌倉殿の13人】の小栗旬さんがダークサイドに完落ちしました。傀儡の名ばかり将軍、比企と北条の権力闘争は今起こっている政治そのものなのかも知れません。現代の北条義時は誰なのでしょう…

戦争のない平和な世界になりますように。

お読みいただきありがとうございました。