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ボケにつきあう余裕を持つ

選挙結果が出ましたね。注目していた長崎と徳島高知の補欠選挙、無所属一勝、自民一勝、立憲民主党は落選という結果を見るともう立憲が対抗馬では自民に勝てないということが判明しました。長崎の金子さんは政治家一族の世襲3代目…またか、って感じ。投票率が低くて助かった感じでしょうね。

世襲地盤組織票と公明党の支持で当選した感じでしょうか。約7000票差、組織票が1万だと仮定して投票率がもう少し高ければもしかしたら、立憲でも勝てたかも知れませんけど…42%って…。何も言えません。それにしても立憲は人気がありませんね。そして共産と選挙で共闘するとのニュース。ダメだこりゃ、って感じ。自民が公明と連立組んだ時も悪手だったけどそれ以上だわ。

投票率は35.93%で、前回4年前を1.13ポイント上回りました。とのニュース。情けないことにわが居住地、宮城県議会議員選挙の投票率です。長崎県の42%よりもさらに低い投票率で驚き、さらにそれでも前回よりは上回っているという…危機感があまりないのかな?自民党過半数割れ、という結果は当然のような気がしますね。落選した自民党候補者が「惨敗したのは知事のせい」とか言っているところがお門違いなのですよね…。国民が「自民NO」と言っていることに気が付かないのかな。

問題なのは投票率の低さですよ。どうして投票に行かないのか。かつて私も20代の頃は選挙に行かなかったので人のこと責めることはできませんが…。投票しない人は政治に不満がないのでしょうね。生活に困ってないし、現状満足だから選挙に行く必要もない、そんな感じ?私が選挙に目覚め投票し始めたきっかけは政治に文句を言いたいから。投票しない人は政治に文句言う権利はない、と誰かに言われたような気がします。

たしか政治家が不祥事を起こしてニュースになったときに文句を言っていたら「国民に選ばれた人だから選んだ国民にも責任がある」みたいなことを誰かに言われて「え?私選んでない」みたいなことを言ったら「選挙で選ばれてるでしょ」と言われて、そうか、選挙にいかなきゃ、と思ったような記憶があります。

それでも30代になってからの話だと思います。20代の頃は自分のことで精一杯でしたから、政治のことなど考える余裕など一ミリもなかったです。

多くの人が思っているだろう【私が一票投じたところで何も変わらない】そういう冷めた目で政治を見ていたのだと思います。人生に絶望していましたけど、お金に苦労していたわけではなかったですし。政治に対して格別な不満がなかった。だから別に投票しなくてもオッケー、そう思っていたのです。ぶっちゃけ20代は色々な意味で病んでいたし仕事に忙殺されて休日は体を休めることで精一杯だった。それが30代になり生活環境が変わったことで徐々に政治に対して不満を抱くようになり遅ればせながら投票所に足を運ぶようになりました。

このままでは日本がダメになるという危機感。キッシーが私を目覚めさせてくれました。キッシーのおかげで目覚めた人は多いと思います。多くの人を目覚めさせた、という点に関してはキッシーの功績は大きいと考えます。キッシーの暴走、世襲の政治家稼業、利権腐敗政治に愛想を尽かせて立ち上がった百田さんに大いに期待しています。

ネットの中では日本保守党が盛り上がりを見せていますが現実世界ではまだまだ周知度は低いまま、かと思っていたのですが、結構リアルでも盛り上がっていましたね。名古屋の初街頭演説に続き、秋葉原と新橋での街頭演説、地上波テレビでは取り上げることなく不気味なほど無視、まったく話題にされませんが、ネットで動画を見ることができます。ものすごい人数が集まっていました。ネット民だけで盛り上がっているのか?と思っていましたけど、実際にあの群衆を見ると国民の関心の高さが伺えます。

やっと多くの人が政治に目覚めたか?と少し期待しながら注目していた今回の選挙ですが、やっぱり投票率は上がらず。やっぱりそう簡単には変わらないか、と残念な気持ちです。投票に行かない人に増税という罰金を課すのはどうでしょう。

先週の火曜日に退院したばかりの父、夏の選挙に続き今回も当然投票は無理だろう、と思っていたら、GPSが移動を始めました。慌てて母へ確認のメールをすると、「投票してきた」とのこと。病み上がりなのに投票行ったのね…無理しなくていいのに。多分、誰に入れていいかも分からないくらいボケが進んでいるから無効票になる可能性もあると思いますが、父にとってはたとえ無効票になろうとも投票に行く、ということに意味があるのかな、と思います。

ボケていても選挙には行きたい、それが父なのです。母はもう体がきついし、これからは選挙も遠慮するわ、なんて言っていました。以前だと「一人で行く」と言っていた父もいまでは母が同行することが当たり前になりました。やはり自分一人で外出は無理、ということを自覚しているのだと思います。

ボケていようが、棄権するよりはマシ。無効票になろうが、投票所に行くことに意味がある、それが投票率につながるから。行かないで棄権するのは一番悪い。前回の夏の選挙で猛暑の中投票へ行こうとした父に、体調不良と命の危険を理由に無理やり止めた母、渋々投票を諦めた父にとって人生初の棄権がよっぽど悔しかったのだと思います。

今回、母が記入を終えて隣にいる父を覗くと、しばし固まった状態に陥っていたそうです。父は呆然と立ち尽くしたまま手を動かす様子もなく、きっと誰に投票していいか、もしかしたら、何をしに来たか?すら分からなくなったのでしょうね。母が助け舟を出してやっと”何か”は記入したようですが、長い時間悩んで一体誰の名前を何を書いたのだか…何はともあれ無事に投票できて良かったです。

尿路感染の腎盂腎炎で一週間の入院生活、退院後は分けわからない妄想を言い続けている父です。母から話を聞くと驚くことばかりですが、確かに退院した日も「先生は一度も回診に来ないし、ストーマ交換もカテーテル交換もやってない」という父の話は看護師さんから報告を受けた事実とは違うことばかりだったので、母の話は多少盛っているかも知れませんが、あながち嘘ではないのだろうな、と思います。

看護師さんからは「夜中眠れずに辛そうでした」との報告を受けていたので父に聞くと「イヤ、快適だったし夜は良く眠れたよ」との返事。多分夜中に看護師さんを呼び出したりして色々訴えたのだと思われますが、父にはその記憶がまったくないのです。まあ入院が旅行だと思い込んでいる時点で妄想が入り混じっているのでしょうけど…

社員旅行で山陰山陽に行ったけど途中で独りだけ支所に移された、とか、町内会から託された祝い金を紛失してしまったから弁償しないと、とか…。は?何のこと?という話ばかり。母も私も困惑するのですが、母にはどうやら思い当たる節があるそうで、それは、日常会話の中で確かに錦帯橋を始めとした山陰山陽地方の旅行や町内会敬老祝いの品が遅れている話をしていたそうです。日常会話がさも現実の話だと勘違いしてしまう現象。

旅行なんてしてないよ、祝い金なんて託されてないよ、否定するのは簡単です。でもそれは父を混乱させるだけ。本人が旅行に行った、支所に移された、祝い金を紛失した、と言うならそれでいいじゃないか。ボケに付き合おう、そう母には言いました。幸せな妄想なら尚更否定しないでいい。妄想の楽しい世界で生きている父は幸せです。そしてたまに現実に帰ってくる。今回もカレンダーを見ながらアレ?何かおかしいぞ?と感じたに違いありません。自分では山陰山陽を旅行していた期間に”入院・退院”と書いてある、それに違和感を感じたに違いありません。

支所に移されたのは実はコロナとインフル判定検査中の隔離であったこと、山陰山陽の社員旅行は救急搬送された入院だったこと、敬老祝い金の紛失は町内会の配布が半月も遅れたこと、事実と妄想が混在して混乱する父ですが、ふと我に返った瞬間、自分がボケていることを認めざる得ない。認めたくないという思いと認めざるを得ない現実の狭間で葛藤する父です。本人が一番不安だと思うので妄想の世界にいるときは、ボケに付き合う余裕を周りが持たないとね、と母と話していました。

妻が認知症。でもたまに現実に戻ってくる瞬間がある。その一瞬のために"自分たちの物語"を聞かせる夫。映画【きみに読む物語(The Notebook)】を見たくなりました。最後は夫婦手を繋いで老衰で亡くなるのですけど、あれが理想かな…、愛する人と同時に逝けたら幸せだろうけど、そんな奇跡ないだろうな…この映画はカナダ旅行中の2004年に見ました。日本での公開は2005年でした。懐かしいな…円安と不景気、世界的にもテロや争いばかりで政治不安が続く中、海外旅行はもはや気軽に楽しめなくなりました。いい時代にバックパッカーの一人旅ができて良かったです。

日に日に父の認知症機能の衰えが増しているような気がしないでもないですが、私には父の認知症より母の方が心配です。父の介護で一瞬たりとも気が抜けない、と言う母は真面目過ぎるが故にストレスを抱えすぎなのです。介護プレッシャーで落ち潰される寸前です。肩の荷下してもっといい加減にならないと…、母には頭を空っぽにして休む時間が必要です。気を張り詰めた緊張状態でいつプッツンくるか、それが心配です。高血圧と過度なストレスが主な要因と言われている大動脈解離で突然ポックリならないようにしないと…。私にできることは母の愚痴を聞いてストレス発散の捌け口になることくらい。でも自分に余裕がないとそれすらもできない。まずは自分に心の余裕を持つこと。今のところブログを書く時間が私の心の安らぎになっています。この時間を大切にしたいと思います。

お読みいただきありがとうございました。