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老いを認め引き際を知る話

いやいや。最近のニュースはジャニ関連かキッシー発言か、という感じですね。毎朝のルーティーンとしてポイ活とヤフーニュースをボーっと眺める習慣があります。今朝気になったニュースは暴走死亡事故を起こした元特捜部長をホリエモンが痛烈批判したという内容の女性自身の記事。

飯塚委員長の池袋暴走事故は知っていましたが、石川達紘元被告が起こした交通死亡事故については今回初めて知りました。飯塚幸三さんは現在も服役中みたいですが、石川さんは執行猶予付きの判決で獄中生活はしていないのかな?知らんけど、記事によるとトヨタに損害賠償を求める訴訟を起こしたらしい…。

開いた口が塞がらない。偉い人の思考回路が私にはもう理解の域を超えています。飯塚さんも石川さんも素晴らしい経歴、勲章受章*1など、輝かしい功績がありながら、事故を起こして反省もせずいけしゃあしゃあと”暴走は車のせい”と言う。ほんとビックリ。偉くなるとみんなおかしくなるのかしら?

飯塚さんも石川さんも車はトヨタトヨタも災難ですね。私だったらもう逆に名誉棄損で訴えるレベル。裁判でも車の暴走はなかったとの判断らしいのでトヨタが賠償金支払いに応じるとも思えませんが、判決後も控訴を繰り返すあたり、何にも反省してないな、って被害者遺族が気の毒すぎて涙が出ます。示談が成立しているようですが、遺族にとってまず欲しいのは謝罪と反省の言葉。示談金はあくまで反省する気持ちの表れだと思っているので、示談成立したからハイ終了、ではないのです。

2018年に事故発生ということは5年ですよね、示談も成立し判決も出てやっと心の傷も癒えてきて前向きに生きようと思っているところに、こんな訴訟のニュースを聞いたら被害者遺族はどう思うでしょう…。どんな気持ちになるでしょう…。”まだ車のせいにしているのか、自分は被害者で悪くないと本気で思っているのか、全然反省してないではないか!”と私だったら悲しいし怒りも湧いてくると思います。

そんな被疑者遺族の辛い気持ち、想像できないのでしょうか?やっと日常に戻ったと思ったらまた地獄に送り返すような仕打ち、よくできますね。検察官として犯罪者に反省を促す立場だった人が、被害者遺族の気持ちを逆なでするようなことをなぜするのでしょう。反省して悔いているなら賠償金請求なんてしないはず。

と、いう正常な判断ができないことを含めて考えると、認知症なのかな、と。そう思うしかない。もし痴呆じゃないとしたら、言い方悪いけど人間的に欠陥があるとしか思えない。これは周りにいる家族が止めないとダメでしょ。ウィキによると昭和14年生まれの84才、私の母の一つ上です。ということは子供たちは私と同世代ということでしょう。

母と石川さんが同じような状況である、と仮定して、母が訴えを起こすと息巻いたとしても私だったら母を許せないし加害者家族として絶対に阻止します。で、認知症検査を受けさせます。石川さんのご家族は何も手を打たず、父親が訴訟を起こすことに関して完全スルーなのでしょうか。それとも訴訟に全面バックアップ体制なのでしょうか…。

もともと石川さんは検察にいた人だから裁判や訴訟はお手の物かもしれませんけど、それでも、良識がある人ならしないと思います。石川さんのご家族が今回の訴訟を許しスルーしている、ということが私には不思議でなりません。

私は2017年に兄を交通事故で亡くした被害者遺族です。加害者は当時25歳の女性でかなり憔悴していました。自分の起こした事故を重く受け止め全面的に非を認めてくれて反省してくれました。だから私は前に進めたのです。加害者が反省して悔いてくれる、それが被害者遺族にとって一番の救いなのです。兄の事故の話は別記事で

u-tantantan.hatenablog.com

同時に加害者の家族でもあります。父が追突事故を起こしたのです。15年以上も前の話なのであまり記憶にはありませんが、不眠症睡眠薬を常用していた父が信号停車中に車3台の玉突き事故を起こしたのです。停車中だったことが幸いして大事には至りませんでしたが、車3台のうち真ん中に挟まれたドライバーはかなりムチ打ちがひどかったらしく何度も病院へ通われたみたいでした。

車の保証はもちろん、相手方への保証や謝罪、やれることは全部やって相手方に誠心誠意つくした結果示談してもらえて訴訟にはいたりませんでしたが、それもこれも父が猛省して何度も通いこまめに連絡を取った結果です。もしこれが「自分は悪くない、睡眠薬を処方した医者が悪い」と言ったらどうなったでしょう。ふざけるな、って話です。

交通事故を起こした後、父は新車を買うと言い出しました。家族としては、とんでもない!と猛反対。事故車を廃車したのを機に、免許返納を全員で頭を下げてお願いしました。国家公務員として真面目に努めあげた立派な父に交通事故を起こして晩節を汚してほしくない、その一心でした。父は最初は渋っていましたが家族の説得で免許返納してくれました。

今から考えれば、父の不眠症は仕事のストレスからくるもので、その数年前から大腸がんが進行していたのだと思われます。事故を起こしたのは父が70才前後くらいだったと思います。私が結婚した2008年、父が72才の時最初の癌摘出手術を受けています。その時摘出した腫瘍がけっこうな大きさ(野球ボールくらい)だったようなので、医師の姉曰く「ここまでの大きさになるには数年かかる」と言っていました。

70才前後って、まだまだ自分は元気だ、まだまだ現役でやれる、と思う微妙な年齢なのですよね。自分ではまだまだイケる、と思っていても実際には反射神経は鈍ってくるし、正常な判断も難しくなる。でもボケているわけではないから余計に説得するもの大変なんですよね。父もそうでした。免許返納イコール引退。それを認めたくなかった、老いを認めない、というか、現役であることを諦められず引退することを拒む感じ。社会にとって必要な存在でなくなる、みたいな感覚に陥るのでしょうか…

父は通勤途中に事故を起こしたのです。免許返納するなら仕事も辞める、と父が言うので「引退でいいんじゃない?」と家族総出で賛成しました。父は免許返納と同時に二度目の退職を決意しました。公務員を定年退職後、母方の祖母が設立に携わった特別支援養護学校の校長先生を、勤務していた伯母からの要請もあって引き受けていたのです。父が免許返納を渋っていた理由は"仕事があるから"、だったのです。

学校経営で色々難題を抱えていて校長という立場上ストレスも多かったようです。スタッフの間で意見の食い違いから対立などもあったようで、引退の潮時だったのかもしれません。今考えるとあの事故は、”もう体力的に限界だからすべてのことから引退しなさい”という神様の啓示だったのかもしれませんね。事故で人の命を奪わなかったことだけが不幸中の幸いです。

特別な才能、特別な知識がある有能な人は何歳になっても現役で活動するのはいいことだと思います。ただやっぱり体力的なことで言えば限界があります。目も見えなくなってくるし、判断力の低下、反射神経の衰え、体力的なことを踏まえるといくら鍛えているといってもやっぱり70才という年齢をラインに引退することを考えた方がいいと個人的には思っています。

個人タクシーの運転手、年齢引き上げ検討のニュース…。75才から80才へ引き上げらしいです。もともと法人タクシーは年齢制限がないので何歳でも(会社が許せば)できる状況。過疎地でのドライバー不足解消のため、みたいですけど、うーん、なにかがオカシイ、と感じてしまうのは私だけでしょうか…。

夫はもともと観光バスのドライバー。大型二種免許を取得していて、運行管理資格も整備士資格も保有しています。でも会社を辞め軽自動車貨物の個人事業主になりました。なぜか?それは労働に見合った給料が貰えないからに他なりません。夫のようなドライバー、結構いると思います。ドライバー不足を解消するなら簡単なことです。見合った給料を払えば人はいくらでも集まるのです。

はっきり言って、大型観光バスに40人のお客様の命預かって神経すり減らしながら一日中運転して疲れて帰ってきてあの給料ではバカバカしてくてやってられません。それも年功序列、入社歴の給与システム…。

優秀なドライバーだけが負担を強いられ、無能なドライバーがラクをする。年功序列、入社歴で給与が決まるから益々やってられない。若いというだけで長距離や夜行などのキツイ仕事を押し付けられ、運転技術が優れているというだけで山岳道路や道路が狭い僻地を押し付けられ、タイヤチェーンが巻けるというだけで雪道走行や豪雪地帯を押し付けられ、道路に詳しいというだけで難易度が高い都内観光を押し付けられ、経験豊富という理由で無理な過酷シフトを組まされる。

驚くことですが、過去私が添乗員として働いていた時の話。吹雪になってきたので、タイヤチェーン巻かなくて大丈夫かドライバーに尋ねたところ「一応チェーンは積んでいるものの、巻いたことがない」という驚きの発言をしたドライバーがおりました。チェーン巻いたことがない?驚愕です。飾りじゃないのよチェーンは、と突っ込みたくなりました。あの峠道は恐怖でしたし、正直”終わった…”と思いましたね。無事にツアーを終えた時は、即刻会社に報告しました。東北で仕事をする上でチェーンを巻いたことがない、もしくは巻けない、なんてあってはいけないことです。

東北のドライバーだったら、タイヤチェーンが巻けなかったら仕事になりません。夫が嘆いていましたが、同僚にもまともにタイヤチェーンが巻けない人がウジャウジャいるらしく、やっぱりそういう人には雪道を走る仕事は任せられない、結局タイヤチェーンを巻けて雪道山岳道路経験豊富で、となると、仕事が偏ってくるわけです。

だったらせめて給与に差を付けてほしいと思うのは当然ではないでしょうか?名目はなんでもいいと思うのです。一種のボーナス。過酷な仕事の分、その対価を貰えたり、特別休暇をくれたり、優遇してくれたら、復帰してもいいかな、という気持ちになるかもしれません。何故ドライバーが不足しているのか?その根っこを考えない限りドライバーに限らずですけど、人材不足は解消されません。

ドライバーに関しては人材がいないわけではないのです。いるけど、過酷さに見合わない給与だからバカらしくてやってられない。だから軽貨物でぼちぼち稼げて生活ができるならそっちのほうがよくね?という発想になるのです。

会社員になればなったで社会保険料天引きでがっつり取られるし、頑張って稼げば稼ぐほど累進課税で半分持ってかれるし補助金は打ち切られるし、だったら時給1000円でアルバイトして責任のない仕事をして自分の好きなことして人生楽しんだ方がいいよね、と思う人が増えて当然だと思います。

齷齪働いて24時間戦う猛烈社員の時代ではなくなったのです。出世して税金で持っていかれるくらいならヒラでいい。責任ある仕事を任されるより、ヒラのままのほうが、残業なしの定時で帰れます。そんなやる気のない社員をクビにできない雇用システム。やる気のある出来る社員はバカらしくて辞めていく。そんな会社が成長するわけない。生産性があがらないから給料もあがらない負のループ。

もちろん安月給や時給アルバイトで家族は養えないから当然結婚して家庭を持とうなんてことは考えられない。結婚しない、結婚しても子供は作らない、少子化どんどん進むよね、手の打ちようがありません。

だから人生100年時代、ちょうど半分、折り返し地点を過ぎた私は稼ぐことから引退することにしました。夫も今更大金稼ぐ気はないでしょうから、たとえ好条件を出されても観光バスには戻らないと思いますけど…。生活に困らない程度の小遣いが稼げればそれでいい。あとは夫がいつまでドライバーを続けるのか?が気になるところですけど、ストップをかけられるとしたらそれが妻である私の役目なのだと思います。

すべての高齢者が老いを認めて引退してくれると経済は良い方向に進むと思うのですけどね…。政府は逆の考えのようです。お金に困っていない準富裕層の両親を見ているからなのでしょうか、高齢者が働かないと生きていけない、というのが俄かに信じられないのですよね。

40年働いて一銭も貯蓄がないとか、どんな贅沢な生活すればそうなるの…。というか資産管理能力に欠けた、計画性もなくお金を浪費してしまうような人にお金を渡してもパチンコやギャンブルに溶かすだけで無駄な気がします。ちゃんと資産管理ができるような人だったら、いくら寿命が延びたといえども働かずとも暮らせていけると思うのですよ。そもそも長生きリスクを考えない時点でアウトだし。リスク管理も大事。

政治家が高齢者ばっかりですからね、古い考えの方がトップで威張り腐っているうちはダメです。ホント引き際を間違ってしまった残念な人たちが多いですよね…政治家って。私には権力を笠に着た気の毒でみじめな老人にしか見えないのです。

老いを認め潔く引退できる聞き分けのいい素直な高齢者になる、ということを宣言して終わりたいと思います。

お読みいただきありがとうございました。

*1:瑞宝重光章