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孤独について考えてみた

一生独身だと生涯孤独なのでしょうか。最近、そんなことを考えています。というのも、私が30歳だった頃、結婚もできず、かと言って特別な能力や才能があるわけでもなく、仕事も中途半端。自分は何の役にも立たない人間で生きている価値を見出せず苦しくなって人生リセットのために何もかも捨てて海外へ逃げた頃は一生独身を貫くことを覚悟したからです。でも自分が孤独だと感じたことはありませんでした。

ここからいなくなりたい、それが許されないならせめて私のことを誰も知らない所へ行きたい。一人になりたい。そんなことを考えていました。消えたいと願っても無理、なんとなく生きていられたのは、やっぱり支えてくれる家族や友人がいたからかな、と思います。酒飲んで他愛ない話で盛り上がり愚痴言い合って慰め合う仲間がいて、無条件に愛してくれる家族がいたから生きていけたのだと思います。だから独身時代も全然孤独ではなかったかな。

ニュースで精神病んでいる人が起こしている凄惨な事件を見るたびに孤独な人が増えたのかな、と感じます。引きこもりだったり人と交流しなくなったりして社会から孤立してしまう。自分の存在を示したくて強硬手段に出る。標的は自分より弱いもの、犠牲になるのはいつも弱者。

社会で当たり前の”人付き合い”がなくなってしまったことが孤独な人を生む大きな要因なのかな、と感じます。誰かにSOSを出せれば悩みを話す相手がいれば違う結果になったかも知れない。そう考えると人生にとって人との交流って絶対必要不可欠なものだと思います。交流する人は選別しないとダメですけど…。

本音で語り合う仲間がいるといないでは大きな違いです。辛い、と嘆いた時ただ隣にいて静かに聞いてくれていた親友はもういないけど、あの時彼女がいなかったら…、と思うとどんなに心の支えになっていたか思い知ります。彼女がいたから私は孤独を感じなかったのだと思います。彼女を失った心の喪失感は今でも埋めることはできません。20代の頃の私にとって彼女の存在は大きかったです。

今でも悩みごとがあると彼女だったら何て言うかな、と考えます。「大丈夫だよ」いつも何の根拠もないのにそんなこと言ってたっけ。他人事だと思ってるでしょ、と思っていたけど、彼女に”大丈夫”と言われると本当に大丈夫なんだ、と思える不思議な感覚になったものです。彼女はどんな時でも私を受け止めてくれました。楽観的な彼女に何度救われたか知れません。

今考えると酔っぱらってグダグダ管をまく私が面倒で適当に受け流していたのかも知れないけど、それでも当時は彼女の塩対応にかなり助けられていたことは事実です。サバサバしてたな。何かにつけて今でも彼女の笑顔を思い出します。天国の彼女はいつでも私を勇気づけてくれます。

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独身だから孤独、老後一人じゃ寂しいから結婚、そうじゃない。夫婦だって所詮他人だし、病気や事故で死ぬかもしれない。親しい人を失う悲しみに比べたら適当に浅く広く多くの他人と共通の趣味で交流を持ちながら生きることができたらそれが一番煩わしくないのかな、って最近思うようになってきました。

親しい人や愛する人が多ければ多いほど喪失感に苛まれるものです。親しい人を作らず適当に浅い友人関係、もっと言えば一期一会で人生楽しむことができたら最高なのではないか、なんて考えに至るわけです。何と言っても一人はラクです。

誰に気兼ねすることなく好きなことができる。最近は読書、それも古典文学にどっぷりはハマっていて、今はドフトエフスキーのカラマーゾフの兄弟、第2章、無神論者、次男イワンの大審問官演説シーンを読んでいます。すべてを理解するのは難しいですけど、現代の問題にも通じることが多く1879年に書かれた小説なのに現代社会の問題をすべて予見しているかのような感覚に襲われています。私が20代の頃はまさにイワン同様無神論でしたね。

カラマーゾフの兄弟(1) (光文社古典新訳文庫) [ フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフス ]

イワンは神の存在自体は信じているから少し違いますけど。でも神がいたらこんな惨い仕打ちはしないはず、神がいたら戦争など起こるはずがなく誰一人不幸な人などいないはず、だから神など存在しない、という考えだったと思います。それが結婚できたら神の存在を信じます、と誓ったものだから信仰を取り戻したのですが…。

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今は、と言うと…。やっぱり戦争は終わらないし、不幸な事件事故があることを思うと神は存在しないのかな、という考えに近くなってきてしまっているような…幸せなことがあると神に感謝して、辛いことがあると神に祈り、不幸に襲われると神を恨む感じ?なんか私にとって”神様”って都合よく使われている感があるような。罰当たりかな。天国の親友と一緒で神の存在は”心のよりどころ”なのかも知れません。

キリスト教の教えで一番いいな、と思うのはLOVE YOUR NEIGHBOUR AS YOURSELFです。これに尽きるかな。熱心なカトリック信者の母は更に”敵を愛せ”と言います。”自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい”という聖書の言葉があるのです。これができたら聖人になれますわ。私には到底無理な話です。母曰く、好きな人を愛するのは簡単なこと、だそうです。ま、そりゃ、そうだわ。

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人は一人では生きていけないけど、適当に楽しい時間を一緒に過ごしてくれて日頃の愚痴を聞いてくれる他人がいれば独身だろうが孤独ではないのでは?と私は思います。それが家族なのか一期一会の他人なのかそんなに親しくない友人なのか竹馬の友なのか趣味仲間か仕事仲間なのかご近所仲間か、その関係性は様々ですが、親しくなった後の喪失感を考えたら交流関係は浅く広くのほうがいいのでは?と思ったりします。

深い関係になればなるほどややこしくなりますしね。独身でも十分楽しめる世の中ですし結婚して子供育てて老後ライフを楽しむスタンダードが崩れた今、シングルライフを謳歌するもの悪くない選択かな、って思います。私も結婚を諦めた頃はぶっちゃけそう思っていましたし。夫と出会わなければ確実にシングルライフを謳歌していたことでしょう。

一人が寂しいと思わないのです。一人でいることが苦でないというか一人でいることのほうがむしろ好き。一人旅も大好き。誰かに合わすことが嫌いなのかも知れません。気を遣うのも面倒、空気を読むのも面倒なのです。やりたくないことを無理して周りに合わせてやることに疲れたと言うか…。お誘いを断り続けると自然と周りから人がいなくなります。

好きな人ができて一人の時間を犠牲にしてもその人とずっと一緒にいたい、と思ったら結婚なのでしょう。問題はお互い同時に同じ気持ちになるかどうか?そう考えると結婚もキセキみたいなものです。孤独が嫌だから、孤独死を避けるために、そういう結婚もアリかも知れませんけど…。私だったら大して好きでもない人との結婚は面倒なだけだからしないかな。人間関係ほど煩わしくて面倒なものはありませんから。

夫婦は赤の他人。考え方も違えば趣味嗜好も違います。育った環境が違いますし仕方のないことですけど意見の衝突もしばしば起こります。最近では新NISAを始める始めないで揉めたり。結局説明するの面倒くせー、となり一人でやる羽目に。なんでこんな神システム利用しない手はないと思うのに頑なに拒む夫です。頭が固い。投資は損をする、そんな固定概念があるのです。

私一人がやれば夫婦二人でやる必要もないのでいいですけど…。どう頑張ったってこの年で今から1800万の投資枠を使い切るのは事実上不可能ですから…。無理のない範囲でムチムチやるだけです。

でも本当に今回の新NISA制度改革で乗り遅れると大変なことになりそうで他人事ながら特に若い人で夫のようにまったく投資に無知だったり無関心な人を見ると心配になってしまいます。かと言ってお金がない人に無責任におすすめもできないし。自分で勉強する気ががない人は騙されるのがオチですから下手に手を出すのも危険だし。でも死ぬまで働きたくなかったらネット証券の新NISAはマストでしょう。

投資以外できちんと貯蓄できていて老後生活が破綻しないくらいの資産があって贅沢をせず慎ましやかな生活をしている人なら投資など必要ないし。自分の資産をきちんと把握していて身の丈に合った生活をしている人はそもそも破産などしないわけで…。

結局お金にだらしのない人は財テクなんて無理な話。お金にシビアでケチな人が儲かるようにできてるのだと思います。そういう点で夫は投資には疎いけど投資に必要な貯蓄ができているので、安心して投資に回すことができるのは夫の日頃の質素倹約の賜物だと思っています。積極的に資産運用したい派の私と慎重すぎる堅実派の夫、これで結構いいバランスなのかな…。

かなり昔の話ですが、従兄の嫁さんが買い物依存症でカードを使いまくり自己破産したそうです。奥さんは9年前の伯母の三回忌法要にも”体調不良”を理由に顔を出さなかったことを考えると一種の精神疾患で人前に出られるような状況ではなかったのでしょう。従兄と参加していた一人娘も少し精神疾患抱えているような感じに見えました。法要後の会食でべろべろに酔っぱらっていたので少し変な子だな、と思って見ていたことを思い出します。嫁に行ったかな?まだ独身かな?知らんけど、元気ならそれでいい。

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精神を病んだ原因が結婚生活のストレスだったのか、家庭内暴力があったのか?知らんけどそうなると結婚もリスクでしかない。離婚したという話は聞いていないので、その後も結婚生活は続いていると思われます。私は従兄の奥さんと面識はありません。

結婚は一種のギャンブルみたいですね。私の場合、ほぼ熱病にかかったような勢いで結婚してしまって、あまり夫のことを知らないで結婚したので結婚した途端に豹変したらどうしよう、とか浪費癖があったらどうしよう、とか酒癖が悪く暴力を振るわれたらどうしよう、女にだらしないかも?とか不安がないわけではなかったですが杞憂に終わりました。

深く考えなかったから結婚できた、とも言えます。優秀で真面目なことは仕事ぶりをみて分かりましたし、礼儀正しくて寡黙なところに惹かれたのてますが、蓋を開けると意外とお喋り好きだったりして驚くことも多かったです。他の人には見せない素顔にギャップ萌え。知れば知るほど好きになりました。

年齢的にも待ったなしのラストチャンスでしたし。この機会を逃したら二度と来ないと分かっていたので逃すまいと必死でした。ギャンブル成功です。

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若い頃は勢いって結構大事です。後先考えず行動すると後悔すること多くありますが、致命的なミスはなかったような…。ミスしても時が解決してくれるものです。だから年齢を重ねるごとにミスは少なくしなければなりません。先が短いとギャンブルもできない、慎重に堅実に。

新婚当初は嫌われたくない一心で毎日が緊張の極みでしたけど、それも年月が経てば変わります。今は空気のような存在です。でもだからこそ、夫がいない生活は考えられません。人は空気がないと生きていけませんから…。お互いに気兼ねすることなく好きなことをやれて、一人の時間も大切にしつつ、そして時々一緒に静かな時間を過ごすことができれば、それが何より幸せなのかなと。

結婚してからというもの、夫と過ごす時間を優先させた結果私の人付き合いは家族だけになってしまいました。これからも空気のような存在である夫を大切に、そして本を読んだりブログを書いたり一人で過ごす時間も大切にしていきたいと思います。

因みに孤独耐性度診断結果は100%、プロぼっち戦略的なぼっち、強調性とかクソ、究極のソロ充でした。夫がいるおかげで、999%の天涯孤独、孤独死まっしぐらにならずにすみました。夫は間違いなく耐性度17%ぼっち恐怖症一歩手前の"構ってちゃん"だと思います。

お読みいただきありがとうございました。